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2022年2月にロシアによるウクライナ侵略が始まった直後、隣国ポーランドには故郷を追われた多くのウクライナ避難民が押し寄せました。あれから4年余り。ウクライナの子供たちを受け入れてきた学校で思わぬ事態が起きています。
ポーランド中央統計局によれば昨年度、同国の学校におけるウクライナ人児童の割合は4.6%でした。しかし、ワルシャワの南東約30キロに位置するオトフォツク市の第9小学校では、その割合が7割を超えていました。かつて少子化によって閉校が議論されたこの学校は、地域全体の避難民の子供を受け入れることで存続してきたのです。
その学校に対し今まで日本から、通学バスやパソコン、こどもの日やクリスマスのプレゼントなど、多くの支援を届けてきました。父親のように私を慕ってくれる子供たち。その笑顔に私自身が何度も励まされました。
しかし、この学校も6月で閉校しました。市の教育委員会によると「授業運営は困難をきたし、学力面での課題も深刻だった」と説明。避難民の子供たちのポーランド語習得度には大きな差があり、出席状況も不安定なことが主な要因のようです。実際、昨年度の卒業試験の平均点(100点満点の得点率)は、ポーランド語47%、数学21%、英語39%。近隣の第2小学校の76%、77%、87%という結果と比べると学力差は歴然でした。給食費などの公的補助を必要とする児童も多く、教育関連費も軽視できません。
彼らは決して能力が低いわけでも、ウクライナの教育の質が低かったわけでもありません。ただ一つ、戦争によって故郷を追われ、言葉も文化も異なる国で生きることを余儀なくされたのです。慣れない環境の中で学び続ける裏には大変な苦労がありました。
「せっかく友達ができたのに、会えなくなるのが寂しい」。6月26日、閉校式を兼ねた終業式で、小学2年の子供は泣いていました。来学期から、彼らはそれぞれの学区の学校へ転校します。それはポーランド社会への統合の一歩になる一方、新たな孤立や困難も生むでしょう。学校は閉じても、子供たちの未来まで閉じさせない。彼らが希望を失うことなく成長していけるか。その問いは、大人である私たち一人一人に向けられています。
さかもと・りょうたろう 昭和61(1986)年生まれ、長野県千曲市出身。2010年、ポーランドの大学院入学を機に移住。11年、ワルシャワに日本語学校を設立し、教頭として日本語や和太鼓など日本文化を伝えている。著書に「ウクライナとともに 涙と笑顔、怒りと感謝の365日」(双葉社)など。支援先の詳細は千曲市ホームページ。