
オーストリアの首都ウィーン郊外にある公園で、一人の研究者がミミズの詰まった箱を前に静かに佇んでいる。彼女は現在、ウィーン大学東アジア学科に客員研究員として滞在しており、いわゆる「サバティカル」制度を利用して研究に専念する日々を送る。今回の滞在には、パートナーである法政大学教授で地域社会学が専門の武田俊輔さんと、幼い子供も同行している。7年前の単身渡航とは異なり、家族を伴う異国生活は新たな発見と試練に満ちている。
子供を連れての海外暮らしは、住居の確保から幼稚園選びまで、あらゆる場面で膨大な「手間」が必要となる。大学へのアクセスだけでなく通園の利便性や住民手続きなど、生活の基盤を整えること自体が一つの大きなハードルとして立ちはだかった。自分たちの都合に子供を合わせさせてしまうことへの不安から、渡航前は一週間ほど眠れない夜が続いたという。かつてない心理的重圧の中で、彼女は周囲への相談を決意した。
普段は「相談」や「頼る」ことが苦手だという彼女だが、今回は日本の保育園の先生方や同僚の研究者、さらには朝日新聞の連載担当記者ら多くの人々に助けを求めた。その甲斐あって、渡航後の子供は無事に現地の幼稚園へ通い始め、新しい環境に適応しつつある。日本の保育園より早い時間に終わるため、放課後は公園やショッピングセンターで子供を見守りながら過ごす時間が増えた。何気ない日常の中で、彼女は現地の不思議な設備に目を留める。
幼稚園の帰りに立ち寄った公園で見つけたのは、可愛らしいイラストが描かれた「WurmHotel」という名の装置だった。和訳すれば「ミミズさんホテル」になるだろうか。これは有機廃棄物をミミズの力で分解して堆肥にするコンポストの一種で、通常の方式よりも分解が早く、臭気や温室効果ガスの発生も抑えられるという。単なる「ミミズコンポスト」という名称ではなく、親しみやすい愛称を冠している点に彼女は強い関心を抱いた。
社会運動の研究者としての視点で見れば、この「ミミズさんホテル」は複雑な環境問題をいかに生活の範囲に落とし込むかという好例である。科学的でとっつきにくい事柄を、どのようにしてユーザーに有効性を実感させるかというメッセージ形成の努力がそこには見て取れる。欧州という環境先進地域であっても、生物多様性や気候変動という大きな課題に向き合う姿勢は、本質的にどの国も変わらない。日常生活の中に潜む工夫が、社会を動かす一歩になることを示唆している。
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