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TSURUMIこどもホスピス開設10年 寄付で紡ぐ「奇跡」の10年

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Mika Nakamura
政治 - 10 7月 2026

梅雨空が続く6月末、今年4月に開設10周年を迎えた「TSURUMIこどもホスピス」(大阪市鶴見区)を訪ねた。大阪メトロ・鶴見緑地駅を降り、しばらく歩くと小さな三角屋根が見えてくる。建物の中は木の温もりが溢れ、床や天井はオレンジに近い温かみのある色で、大きな窓から明るい光が差し込んでいる。

「こどもホスピス」という言葉に馴染みがない方も多いだろう。医療や公的福祉から独立し、寄付で運営するこどもホスピスは、現在大阪と横浜の2カ所だけ。その希少性ゆえ、認知度はまだ低い。

一般的な「ホスピス」は末期がん患者の緩和ケアや看取りを行うが、こどもホスピスは全く異なる。コンセプトは「重い病気の子供たちが子供らしく生きる場所、もう一つのお家」。対象は小児がんや難病、重度の障害で生命が脅かされる子供たち。治療の合間や症状が落ち着いている日に家族と訪れ、遊び、仲間と出会い、ゆったり過ごす。感染防止やケアは行うが病院ではなく、看護師はいるが医師は常駐していない。

例えば、2歳8カ月で白血病になった男の子。抗がん剤治療で免疫力が低下し、友達と遊べず、行ける場所も限られ、幼稚園も断念した。母親はショックで「生活がいきなりマイノリティーになった」という。病院で知り合った保護者からこどもホスピスの存在を知り通うようになると、男の子は毎週友達に会える喜びで「めちゃめちゃ楽しそう」に遊んだ。家族もスタッフに困りごとを相談でき、緊張から解放されホッとした。男の子は治療を終え、今は幼稚園に通っている。

小児がんの7、8割は治るが、厳しい治療の末に後遺症が出たり、亡くなることもある。実際、一昨年の施設利用者で亡くなったのは20人。だからこそ、手遅れになる前に子供の願いや思いをすぐ実現させたい。おもちゃは部屋に満載、庭でプール遊びもできる。願いをかなえる場所として明るく温かく、子供の希望を探り「友」として実現に挑む。これは「先生」として接する医療には難しいことだ。

運営は公益社団法人「こどものホスピスプロジェクト」(高場秀樹代表理事)。驚くのは運営費のほぼ全額が個人や企業の寄付であること。令和6年度総収入約1億2000万円のうち、個人の寄付が約6割、企業・団体が約2割。当初は無謀とまで言われたが、継続的な寄付に支えられている。開設時からのスタッフ、西出由実さんは「寄付は難病の子供たちの希望をつなぎ、子供と社会をつなぐこと。私たちは子供たちの希望を広く皆で守りたい。これは社会を耕すという意味もあると思います」と語る。

寄付の問い合わせ先(06・6991・9135)も記しておく。今月1日、大阪市中央区のNHK大阪ホールで開設10周年記念チャリティーコンサートが開かれた。施設を応援するミュージカル俳優の井上芳雄さんらが出演し、施設利用者も舞台に上がって一緒に体を揺らし歌った。手拍子で会場は割れんばかり。ステージに上がった高場さんは「こんなに多くの人に応援していただき力になります。子供たちも今日はすごく楽しそうです」と感謝を述べた。

成し遂げたいことは、こどもホスピスを全国に広げること。対象の子供たちは全国に約2万人いるが、TSURUMIがアクセスしているのは約300世帯。治療や感染予防で長い移動が難しい難病の子供たちには近くに施設が必要だ。今、ようやく各地で施設設置の動きがみえ始め、関連団体は20を数える。高場さんは「友として難病の子供と歩むことは幸せを増やすこと。数多くの人が関われば社会が大きく変わるはずです」と話す。

開設時「奇跡」とも言われたTSURUMIこどもホスピスは、10年間試行錯誤を重ねてきた。スタッフは「思い返すと後悔も多い」と言う。しかし、子供の生きる希望、亡くなった子たちの命の輝きを家族や周囲に届け続けてきた積み重ねは生きている。施設を訪れると感じる輝くような明るさと包み込まれるぬくもりが、それを示している。奇跡はスタッフの努力によって今も続き、生まれた希望は各地に広がりつつある。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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