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【日本列島災害実録】英船ノルマントン号沈没 船長証言と不平等条約の闇

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Kenji Watanabe
国際 - 12 7月 2026

英国船ノルマントン号沈没で船長らと日本人乗客の生死を分けたのは何か。不平等条約下の領事裁判権により、英国人裁判は日本人の手で裁けず、ドレーク船長の証言が唯一の手がかりとなる。

明治19年11月1日、在神戸英国領事ツループ氏が判事長となり、別の船長ローガン氏、ガルランド氏が陪席して海事裁判が行われた。

ドレーク氏は宣誓後、次のように陳述した。「自分は10月23日午後6時30分、横浜を解●(=糸へんに覧)(出港)し、進行中の24日午前6時40分ごろ、御前崎の灯台より約14海里沖を航行していた。船は西南西の方角に、速力9ノット半で進んでいたが、同日午後6時から南西の方向に変えた。このときは、紀伊大島沖まで30海里のところにいたと信じていた」「(24日午後)1時少し前、雨が甚だしかったので、自分は船員の1人に第2帆を下げるべきだと命じ、その船員が帆に上った後に船体の方向を南に向けた。第2帆を下げるとともに、船の左舷から陸地が見えるとの報告があったので自分は直ちに舵を左方に転じたが、船が陸地に近づきすぎたので、今度は船首を北方に転じようとした。しかし、船は回転の際に岩礁に乗り上げた」

「岩礁を過ぎた後、自分が命令して船体をあらためさせた。損傷箇所は全て右側にあったが、機関室と船底の室は直ちに海水の浸入を受けた。船がまだ岩礁に当たる前、垂鉛の高さから海底に障害物があることを示していたので、自分はあのときすでにはしけを用意すべきと命を下し、それぞれ救助の手段を準備した後、船員、乗組人一同をはしけに乗り移ったかどうかを確かめるべき命を言いつけた。このとき、水夫一同と日本人の船客3人ははしけに出ていたが、日本人の船客ははしけに乗り移ることは好まないとの報知を得た」

「もっとも上の3人の日本人は水が船の中に浸入して沈没しようとしているのをみて、はしけを下ろそうとしており、自分は水夫長に命じた今一度日本人をはしけに移すべきだと。その前、自らも他の船員も同様に勧めたが、日本人は誰も聞き入れないので、さきほどの水夫長は自分の命令に従って日本人に勧説していたが、その途中に船体が水夫長と日本人、火夫6人を乗せたまま沈没し、とたんにはしけは自然と水上に浮かんだ」

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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