全国初の女性消防長、鈴木亜弥子さん 女性活躍が組織強化に

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Kenji Watanabe
エンタメ - 07 6月 2026

俳優、吉永小百合さん主演映画「キューポラのある街」の舞台で、東京のベッドタウンとして知られる埼玉県川口市。各自治体消防局の最高責任者「消防長」に全国で初めて女性が就任した。同市消防局消防長の鈴木亜弥子さん(59)だ。初の女性職員として採用され、「女性初」の役職を重ねてきた鈴木さんは、「女性職員の比率を高めたい」と強調する。故郷でもある川口への思いも語った。

川口駅の西口で生まれ、家族で西川口駅近くに移り住んだ。「鋳物工場の友達の家とかもたくさんあって、通っていた小学校ではストーブにコークスを使っていました。ちょっと、においが独特ですね。そういうのに、まみれながら遊んでいた記憶がありますね。作業服を着たおじさんたちが真っ黒になって汗まみれで働いていました」と振り返る。

子供の頃、できたばかりのマクドナルドに祖父に連れて行ってもらった記憶がある。中学受験で東京都内の私立中・高に進学。中学では音楽部で合唱、高校ではバトントワリングクラブに所属し、関東大会まで進んだ。一貫校で大学や短大も同じ敷地内だった。バブル景気の時期で周囲は銀行や保険会社への就職が決まる中、「OLとして電車で通勤する生活じゃないのがいい」と漠然と思っていたという。

そんな時、自宅に届いた市の広報紙に第1号「女性消防吏員募集」の記事が載っていた。川口市の消防本部には女性がいなかった。「制服を着て仕事するのも良かったんですが、『第1号だったら自分で何かできるんじゃないか』『何か開けるんじゃないか』という感じがしたんです」。応募し、昭和62年、川口市初の女性消防職員2人が採用された。

採用された年、悲しい出来事があった。同期で入庁した女性消防職員が通勤途中、バイク事故で亡くなったのだ。「その突然の別れは、深い悲しみとともに私一人が女性消防職員として頑張らなければならないという強い不安を抱かされました。しかし、彼女がいつも私を見守っていてくれると信じて、支えに、私は2人分の役割を果たすつもりで努力を続けてきました。彼女との絆が心の中で生き続けていたから歩むことができた」と語る。

辛かったことについて、「住宅の火災で小学生の男の子兄弟が焼死体で見つかった時ですかね。火災で亡くなった方もたくさんいますが、お子さんということで、特に印象に残っています。あとは水難救助。荒川での悲惨な現場を何度か経験しました。昔は、今より救助件数が多かった。首都高速川口線ができたばかりの頃は事故が多くて(車などに)挟まれ脱出できないなどの事象がたくさんありました」と述べた。

新型コロナウイルス禍においては、救急対応現場は未曾有の困難に直面した。中でも、患者搬送時における救急隊員への感染リスクをいかに低減するかが最重要課題だった。救急車内に感染防止用区画を設置し、隊員にN95マスクを常時装着させ、専用の移送隊を創設した。一方で、救急要請が急増し、救急車の逼迫や調整業務の複雑化が現場に大きな負担をもたらした。関係機関との対応を迅速に実現したことは、未知の災害に備える上での貴重な教訓となった。

管理職として、部下には「結論だけを求めに来るな」と言っている。「『この案と、この案があるが、私はこの案がこういう理由でいい』と言いなさいと。自分で考えてほしい。考えないと人は前に進まない」と強調する。

消防長として、一人一人の持っている能力を最大限に出させ、それをマックスの力として集結させたい。あとは、女性の在籍率を10%の比率にしたい。現在は6・6%(今年4月1日現在)。全国ではまだ女性消防官を採用していない消防本部もあると思う。「その消防本部には『女性活躍』というのは、特別扱いをすることではなくて組織を強化することだ、と言いたいですね」と述べた。

昭和42年、埼玉県川口市生まれ。短大卒業後の62年4月、川口市消防局初の女性職員に採用。令和7年4月、県内初の女性消防署長として南消防署に赴任。8年4月には、全国自治体初の女性消防長に就任した。現階級は消防正監。韓国ドラマの影響を受け、目下、韓国語を勉強中。女子大生の母親でもある。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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