拉致初報道から40年 阿部記者の葛藤と家族の慟哭

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Yuki Tanaka
国内 - 07 6月 2026

《アベック3組ナゾの蒸発 外国情報機関が関与? 戸籍入手の目的か》

昭和55年1月7日、産経新聞は拉致の存在を初めて報じた。筆者は当時、社会部記者で警察の警備・公安担当だった阿部雅美(68)だ。「日本海でおかしなことが起きている」。警察関係者の一言をきっかけに、富山の男女誘拐未遂事件を調べ上げた。さらに福井、新潟、鹿児島の男女失踪事件をつかみ「北朝鮮の拉致」だと断定した。

3アベックは平成14年、北朝鮮から帰国する地村保志(61)、富貴恵(61)夫妻と蓮池薫(59)、祐木子(60)夫妻、そして死亡とされた市川修一(62)=拉致当時(23)、増元るみ子(63)=同(24)=だった。

阿部は当時、家出や駆け落ちの可能性をつぶすために家族へ直当たりを重ねた。「『ひどい質問したよね』と後から言われた」。自分を責める父、泣きはらす母。海岸で毎日、遺体がないか捜す家族。将来に希望を描き親を思う優しいアベックたちの姿も浮かんだ。「不覚にも涙が出た」。ただの失踪でないと確信した。

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編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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