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沖縄・名護市の辺野古沖で今年3月、抗議船2隻が転覆し、同志社国際高校(京都府)2年の武石知華さん(17)ら2人が死亡した事故で、出発地点となった辺野古漁港の防犯カメラに、事故前後の詳細な映像が記録されていたことが16日、産経新聞の入手により明らかになった。映像には、救助された生徒が次々と搬送される中、引率の教師2人とみられる人物や船長が、生徒の安否確認や点呼を行った形跡が一切ないことが捉えられていた。事故発生から3カ月を迎え、安全管理の重大な欠落が浮き彫りとなった。
事故は3月16日午前10時10分ごろ発生。米軍基地建設に反対する抗議船「不屈」が転覆し、救助に向かった抗議船「平和丸」も約2分後、ほぼ同じ海域で横転した。海保の警備艇や周辺の船が救助に当たり、生徒らは次々と陸に運ばれたが、武石さんを含む2人は帰らぬ人となった。
防犯カメラは漁港の一角に設置され、撮影時刻を記録する「タイムコード」が付いていた。しかし産経新聞が映像を検証したところ、事故直後の時刻表示が実際より約6分遅れていたことが判明。そのずれを補正すると、午前9時24分ごろから「不屈」と「平和丸」が相次いで出航する様子が確認された。その後、映像は静止に近い状態が続く。
転覆から約24分後、午前10時34分ごろに動きがあった。救助された生徒を乗せた第11管区海上保安本部の警備艇が漁港に戻ってきたのだ。54分ごろまでに計7隻の警備艇が次々と到着。警察官や救急隊員が駆け寄り、担架で運ばれる生徒たちの緊迫した状況が克明に記録されていた。51~55分ごろには、救助された「平和丸」の男性船長とみられる人物の姿も映っていた。
生徒は先発組と後発組に分かれて乗船していた。映像には、船に乗らず港で待機していた先発組引率の女性教師とみられる人物、後発組を引率した男性教師とみられる人物の姿も確認できる。だが、この3人が救助された生徒たちの周りに集まり、点呼を取ったり安否を確認したりする行動は、映像のどの部分にも記録されていなかった。海保や警察が動き回る中、彼らはただ立ち尽くすか、港の端で待機しているように見える。
遺族や関係者の間では、なぜ教師や船長が即座に生徒の安全を確認しなかったのか、疑問の声が強まっている。事故から3カ月、防犯カメラは当事者たちの「空白の行動」を冷徹に映し出している。今後の捜査や民事責任の追及において、この映像は重要な証拠となるのは間違いない。