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「日韓逆転」の現場を経験した元幹部が40代後半で選んだアカデミックシフトの全貌

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Yuki Tanaka
経済 - 11 7月 2026

前回は産業能率大学経営学部教授の松尾尚氏への取材を通じて、長く活躍する大学教員の4つの条件を探った。今回は今年4月に教授へ昇進した桜美林大学芸術文化学群教授の林秀紀氏を取材。三菱電機、サムスン電子を経て40代後半で研究者の道へ進み、ゼロから独自の研究領域を築き上げるまでの軌跡に迫った。

林氏は1990年に大学を卒業後、三菱電機デザイン研究所に入社した。最初は家電製品のデザインを手がけ、その後携帯電話など情報通信機器のデザインを担当するようになる。NTTドコモの「iモード」全盛期、日本メーカーが世界市場で存在感を示していた時代である。グッドデザイン賞を93年のルームバー(インテリア冷温庫)デザインで初受賞して以降、携帯電話で連続受賞を重ね2005年には世界3大デザイン賞の1つに数えられるドイツのiFデザイン賞を受賞した。

「MITSUBISHI M800」で国際的な評価を得た後、林氏は2007年にサムスン電子へ転職。韓国の企業文化や日本とのデザイン戦略の違いに直面し、現場で「日韓逆転」の実態を目の当たりにする。日本メーカーの衰退と韓国メーカーの台頭を身をもって体験し、10年以上にわたりグローバル競争の最前線で戦った。

40代後半を迎えた林氏は、企業での実績に飽き足らず、自身の経験を体系化して次世代に伝えることを決意。大学院に社会人入学し、博士号を取得するための研究を始めた。フルタイムの仕事と両立しながらの学び直しは困難を極めたが、デザイン経営やイノベーション論に関する論文を執筆し、自らの実務が学術的に貢献できるテーマを模索した。

現在、林秀紀氏は桜美林大学で教授として教鞭を執る。企業での実戦経験を生かした授業は学生から高い評価を得ており、社会人から研究者への転身事例として注目を集める。彼のキャリアパスは「アカデミックシフト」を志すビジネスパーソンにとって一つのロールモデルとなっている。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、東洋経済オンラインの記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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