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2000年、電脳隊など4社が合併したP.I.M.がヤフーに売却され、川邊氏はヤフーに入社した。しかし、「モバイルインターネットをやれる」という自身の期待は、実際の業務とは大きくかけ離れていたという。
当時はドットコムバブル崩壊直後で、親会社のソフトバンクは「ヤフーBB」によるブロードバンド事業に全力投球していた。川邊氏は新設のヤフーモバイルのプロデューサーに就任したが、ソフトバンクはブロードバンドに経営資源を集中しており、モバイル部門は軽視されていた。
ヤフーの当時の井上雅博社長は、「モバイルはお前らに任せる」と述べたものの、エンジニアのリソースをモバイルに割くことはなかった。例えば、PC版の「Yahoo!天気」をガラケー対応にするよう依頼しても、エンジニアはPC版の「世界の天気」開発に回されてしまい、モバイルは常に後回しの状況だった。
川邊氏は「世界の天気を見るPCのユーザーと、国内の天気を見るモバイルのユーザー、どっちが多いと思ってるんですか」と怒りをあらわにしたことを振り返る。このエピソードは、PC重視の社内風土を象徴している。
その後、2006年にソフトバンクが英ボーダフォンの日本法人を買収し、ガラケーにヤフーの「Yボタン」が搭載されるなど、モバイル環境は改善された。しかし、それまではモバイルが軽視され続け、会社全体の優先順位で1位になることは一度もなかったという。