
建設業界で「一人親方」と呼ばれる個人事業主として働く人々が、深刻な権利の死角に直面している。本来、独立した事業主である彼らは労災保険の対象外とされるが、その実態は雇用労働者と変わらない「偽装一人親方」であるケースが少なくない。政府はこうした不適切な就業形態を是正すべく規制を強化しているものの、現場での運用は依然として不透明な部分が多いのが実情だ。
横浜市に住む中川邦彦さん(55)も、高収入を目指してこの過酷な世界に身を投じた一人である。彼は建設現場において、天井に穴をあける専門職である「アンカー工」として長年従事してきた。月収100万円という大きな夢を抱きながら日々の労働に励んでいたが、その代償は予想もしない形で彼の肉体を蝕んでいった。熟練の技術を要する仕事ながら、常に振動や負担が伴う過酷な環境であったという。
身体の異変が中川さんを襲ったのは、2020年の12月ごろのことだった。中川さんは当時の状況を振り返り、「手にジリジリと違和感があり、おかしいなと思った」と語る。翌年の正月明けには症状が急激に悪化し、右手の感覚が失われるとともに、指先が真っ白に変色してしまった。この異変はすぐに両手へと広がり、さらには足の先まで白くなるなど、深刻な血行障害の兆候を見せ始めたのである。周囲の温度変化にも極めて敏感になり、日常生活にも大きな支障をきたすようになった。
しかし、中川さんが直面したのは健康被害だけではなかった。一人親方という立場を理由に、本来であれば労働者を守るはずの労災認定が拒まれるという事態に陥ったのである。実態として企業の指揮命令下で働いていたとしても、形式上が個人事業主であれば、社会保障のセーフティーネットからこぼれ落ちてしまう。このような曖昧な運用を巡るトラブルは、中川さんだけでなく多くの建設労働者が抱える共通の課題となっている。
現在、厚生労働省は社会保険逃れを防ぐための条件を明確化するなど、対策に乗り出している。しかし、一度失われた健康や生活の保障を取り戻すことは容易ではない。中川さんのケースは、自由な働き方の裏側に潜むリスクと、法整備の遅れがもたらす悲劇を浮き彫りにしている。働き手の命と健康を守るための抜本的な制度改革が、今まさに問われているといえるだろう。
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