
本連載「Innovative Tech」は2019年に開始され、世界中の多様な分野から最先端の研究論文を独自の視点で選び出し、解説している。執筆を担当するのは、研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を運営し、日頃から多くの論文に目を通す山下氏である。イラストや漫画は同じメディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けており、Xアカウントは@shiropen2だ。
東京大学の研究者グループがCHI 2026で発表した論文「Touching a Cat Without Touch: Does Mid-Air Ultrasound Haptic Feedback Promote Relaxation in Virtual Cat Interaction?」は、空中超音波を利用してバーチャルリアリティ(VR)空間の猫と触れ合うシステムを開発し、そのリラックス効果を検証したものである。
動物と触れ合うことにはリラックス効果があるが、実際のペットは噛みつきなどのリスクやアレルギーの問題がある。ロボットペットも高価でメンテナンスが大変だ。代替としてVR上の仮想ペットが注目されているが、触覚の再現が困難だった。触覚グローブのような装着型デバイスはリアルだが、リラックス目的には過剰な装備である。一方、コントローラーの振動機能は手軽だが、猫を撫でる感覚とはかけ離れている。
そこで研究チームは、空中に超音波を集中させて手のひらに触覚を発生させる「超音波ハプティクス」を採用した。何も身に着けず、何も握らなくても、柔らかな触感を得られるのが特徴だ。
まず、猫の呼吸を触覚で表現する方法を検討。刺激の強さを周期的に変化させる条件と、刺激範囲を周期的に変化させる条件を組み合わせて比較した。その結果、特に範囲の拡大と縮小が、呼吸感を生み出す上で最も効果的な手がかりであることが分かった。猫のお腹の膨らみと縮みが手のひらに直接伝わるような感覚を意図している。
次に、呼吸表現に加え、毛並みに沿って撫でる場合と逆撫でる場合で異なる触感を再現したVRアプリケーションを開発。バーチャル猫は撫でられると喉を鳴らし、やがて眠りにつくなどの反応を示す。実験参加者にはストレスを与える課題を課した後、3分間この猫と触れ合ってもらい、「触覚なし」「コントローラーの振動」「超音波」の3条件を比較した。
結果、心拍数が統計的に有意に低下したのは超音波条件のみだった。主観評価においても、リアリティー、愛着、共感、自分の行動が伝わっている感覚、楽しさの各項目で超音波条件が高く評価された。22人中16人が「超音波の体験が一番好きだった」と回答し、その理由として「触った感じがある」「指を自由に動かせる」「体験が新鮮で面白い」などが挙げられた。