
「平和を学び、命の尊さを知るための活動の場で、あろうことか私たちがその尊い命を守りきれなかったことに対し、深く重い責任を感じております」――沖縄県名護市の辺野古沖で船2隻が転覆し、平和学習中の同志社国際高(京都府)2年の武石知華(ともか)さん(17)ら2人が犠牲となった事故で、2隻を運航する「ヘリ基地反対協議会」が事故から17日を経てようやくホームページに掲載した謝罪文の一節だ。筆者はこの言葉に強い違和感を覚える。
知華さんは研修旅行で訪れた沖縄で、法令で定められた事業登録もされず、その結果、運航管理規程も乗船名簿も整備されていない平底の小さな船に乗せられた。定員ギリギリで船の安定性も損なわれる中、船長は波浪注意報が発表されているのに出航した。
その船は普段、「抗議船」として使われていた。地元漁師も警戒する「白波が立ち危ない状態」(捜査関係者)の海域で「不屈」が転覆。知華さんが乗った「平和丸」の船長や乗組員は不屈の救助に向かい、約2分後にひっくり返った。118番通報したのは生徒たちで、船長や乗組員、船に同乗しなかった引率教員からの通報はなかった。
知華さんが転覆した平和丸の船体の下で見つかった際、着ていた救命胴衣の一部は船尾付近の構造物に引っかかった状態であった。
すでに判明している事実だけを見ても、事故は「人災」と言っていい。決して、抗しがたい天災に遭ったわけではない。「守りきれなかった」という言葉が本当に適切か。団体の関係者は考えてみてほしい。
団体の仲村善幸共同代表は事故から1カ月となった4月16日、筆者の取材に「学校、亡くなられた(方の)ご遺族、関係者に謝罪にお伺いしたい。それがないと自分たちは前に進むことができない」と語っていた。この最後の言葉に思わず耳を疑った。少なくとも今はまだ「前に進むこと」を考える段階ではないだろう。
団体側は事故から2週間以上経過した4月3日付で、遺族らに直接謝罪したいと申し入れる書面を代理人弁護士を通じ同校に送付したというが、あまりに遅きに失していた。
ことほどさように、事故と真摯(しんし)に向き合ってこなかったのだ。