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高市早苗氏、村山首相に「勝手に代表して謝ってもらっちゃ困る」 1年目の追及

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Mika Nakamura
政治 - 08 8月 2026

自民党の高市早苗総裁は、衆院議員に初当選した翌年の平成6年10月12日の衆院予算委員会で、当時所属していた自由改革連合を代表して質問に立った。村山富市首相に対し、先の大戦について国民的議論がないまま侵略と認定することを批判し、「勝手に代表して謝ってもらっちゃ困る」と厳しく追及していた。だが村山氏は翌年、「植民地支配と侵略」への「心からのおわびの気持ち」を表明する首相談話を発表した。予算委での主なやり取りは次の通り。

高市氏はまず「首相は、7月、9月と2度の所信表明の中で、先の大戦への反省、それから過去の侵略行為や植民地支配といったものに触れ、8月の全国戦没者追悼式では、私たちの過ちによって惨憺(さんたん)たる犠牲を強いられたアジアの隣人たちという言葉を使ったが、具体的にはどの行為を指して侵略行為と考えているのか」と質問した。

その上で「首相の言う過ちとは具体的に何を指すのか、法的な根拠のある過ちだったのかどうかもお答え願う」と迫った。

これに対し村山氏は「私は、侵略的行為や植民地的支配という言葉を使わせていただいたが、やはりあの戦争の中で日本の軍隊が中国本土をどんどん攻め込んでいった、それから東南アジアのいろいろな国に攻め込んでいった、そういう行為を指して侵略的な行為、こういうふうに申し上げている」と答えた。

さらに村山氏は「法的というのは何法に対して言っているのか、よくちょっと理解できない」と述べ、高市氏の問いの前提に疑問を呈した。

高市氏は「大戦当時は首相も一応若者だったと思うが、国民として侵略行為への参加の自覚があったか」と質問を続けた。

村山氏は「私は1年間兵隊にいた。それで、幸か不幸か、外地に行かずに内地勤務でずっとおった。しかし、あの当時のことを思い起こすと、私もやはりそういう教育を受けたということもあり、そして国のために一生懸命頑張ろうというような気持ちで参加をさせていただいた」と当時の心境を語った。

高市氏は「つまり、侵略行為への参加という自覚はその当時持っていなかったということなのだが、首相という地位にある人は、50年前の政権の決定を断罪し、その決定による戦争を支えた納税者や尊い命をささげられた人々のしたことを過ちと決める権利があるとお考えか」と核心を突いた。

村山氏は「兵役に服して、そして国のために一命をささげて働いてこられたすべての人方に対して誤りだったというようなことは言っていない」と否定しつつ、「当時の日本の軍閥なりそういう指導者のやってきたことについては、今から考えると、やはり大きな誤りを犯したのではないかということを言わざるを得ない」と述べた。

高市氏は「今のように、当時の軍閥ということで侵略行為そのものの責任の所在をある程度明らかにされたわけだが、それなら、アジアの人々に対してのみならず侵略行為に加担させられた英霊に対し、また軍恩連盟や遺族会の皆さまに対しても、この場で謝罪の意を表明していただけないか」と求めた。

村山氏は「私自身がそういう方々にここで謝罪をしなきゃならぬという立場にあるかどうかというのは、もう少し慎重に考えさせてもらいたい」とかわした。

高市氏は「それにしてはアジアに行かれたとき随分謝罪的な言葉を発し、日本国を代表して謝っているのかと私は感じていた。日本に過ちがあった、過去に過ちがあったと首相が言う。その責任は、もちろん過ちがあったとすれば日本国全体が負うものだが、国内的にはそれではその責任の所在というのは誰にあるのか、個人名を挙げてお答えいただきたい」と追い詰めた。

村山氏は「誰にあると個人名を一人一人挙げるわけにはいかないが、当時の軍国主義と言われた日本の国家における当時の指導者は全てやっぱりそういう責任があるのではないかというふうに言わなければならぬ」と答えるにとどめた。

高市氏はさらに「50年前の当時の指導者がしたことを過ちと断定して謝る権利が、現在、50年後にこの国を預かっている村山首相にあるとお考えか」と問い詰めた。

村山氏は「今日本の国の首相として、日本の国を代表してアジアの国々に行けば、被害を与えた方々に対しては、大変申しわけなかったと、やはりその反省の気持ちを表すのは当然ではないか。日本国民全体が反省する問題として受けとめて、過ちは繰り返さないようにするというぐらいの決意はしっかり持って、平和を志向していく方向に努力していきたい」と持論を展開した。

高市氏は最後に「私自身も、アジアの人々、それから先の大戦で犠牲者になられた多くの日本の人々に対して、政治家として、本当に大変なことでしたと、これから前向きにともに過去を反省しながらやっていきましょうという気持ちを表すことには何ら異存はない」と一定の理解を示した。

しかし「首相自身が日本国を代表して謝る、反省の意を表明するというのは結構なのだが、果たしてそこに至るまでの国民的な議論があったかどうか。それから、何をもって侵略行為と言うのか、何が過ちなのか、この辺が明確に見えないと、勝手に代表して謝ってもらっちゃ困ると私は思う。どうにもその辺が、あまり時間もないのでこれ以上突っ込まないが、私には理解しがたいことだ」と批判を込めた。

なお、この村山談話は韓国では「一歩進んだ歴史認識」として改めて評価される一方、当時と同じく歴史認識を厳しく問う高市総裁に対しては警戒心も出ている。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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