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「弥助は芸人に近い」歴史学者・呉座氏が語る侍論争と文化盗用の本質

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Haruki Sato
経済 - 26 7月 2026

フランスのゲーム大手・ユービーアイソフトが11月に発売する戦国時代が舞台の『アサシン クリード シャドウズ』で、黒人の弥助を主人公に据えたことに対し、SNSでは「文化の盗用だ」と反発が起き、発売中止を求める署名運動に発展した。実在の弥助を巡っては海外で虚像が膨らみ、史実でない内容が拡散する懸念も指摘される。ユービーアイは「歴史上の実在の出来事や人物にインスパイアされたフィクション」と説明している。『応仁の乱』の著者で歴史学者の呉座勇一氏に聞いた。

──弥助とはどのような人物だったのか。SNSでは「侍だったかどうか」が論争になっている。

「弥助に関する史料は極めて少なく、はっきりしたことは言えません。人物史は歴史学の本流ではなく、これまで研究対象にされてこなかったのです。『信長公記』の伝本の一つ『信長記』十五冊本には、信長が弥助に刀と屋敷を与えたとの記述があり、侍として処遇したことを示します。ただし、これは数十ある写本のうちこの伝本にしかなく、後世の書き加えの可能性は否定できません」

「侍だったとしても『形の上では』という意味です。江戸時代、相撲好きの大名にはお抱え力士がいました。形式的には家臣・侍として召し抱え、帯刀を許したが、戦が起きても戦場で戦うことは想定されていませんでした」

──『シャドウズ』の弥助は立派な甲冑を着て登場する。実際の立場は?

「信長の周囲の日本人は弥助の黒い肌に驚き、強い興味を抱いたようです。物珍しさが大きく、信長がそばに置いたのは悪く言えば『見せ物』。黒人を近くに置けば注目を集め、信長の力を誇示できた。皆に見せることが最も重要な目的だったのでしょう。イエズス会史料には弥助は力持ちで少し芸ができると書かれています。信長のボディーガード兼芸人が実態だったと思います」

「敵を次々斬り倒す、欧米のイメージする『サムライ・ウォリアー』ではなかったはずで、〝伝説の侍〟扱いには違和感があります。戦っても部下を指揮せず、一戦闘員として働いたでしょう」

「歴史学の専門から外れますが、世界的に『侍』は日本文化と見なされています。侍文化を尊重するなら主人公は日本の侍にすべきだった、と考える人が多いのは理解できます。実在の人物を使うなら、弥助という正体が不明な黒人を無理やり主人公にするより、宮本武蔵のような有名な侍が自然です。侍かも分からない弥助を『侍の代表』にすると、侍文化から何かを奪う形になり、『文化の盗用』と指摘される日本人や海外の人の不満は当然の反応でしょう。弥助を出すなら日本人の侍も登場させ、弥助もいる形にすべきだったのではないでしょうか」

──ゲーム以外でも史実に反するストーリーはある。フィクションのあり方についてどう考えるか。

「程度の問題です。例えば義経が平泉で死なず、大陸に渡ってチンギス・ハンになったという珍説があります。戦前に流行しましたが、歴史学者に否定されていました。仮に義経がチンギス・ハンになって戦うゲームを世界に発信したら、『フィクション』と銘打っても問題になるでしょう。モンゴル最大の英雄ですから、特にモンゴルの人は怒る。歴史を題材にした創作物は全て史実通りにはできませんが、世界に向けて出す場合、他国の人の誇りを傷つける形は外交問題にもなりかねず、配慮が必要です」

「対照例が、真田広之主演の米ドラマ『SHOGUN 将軍』です。主役は名前を変えたが徳川家康がモデル。関ケ原までの経緯はかなり改変され、時代考証も怪しい部分がある。しかし視聴して、日本史への理解とリスペクトを感じました」

「ウィリアム・アダムスをモデルにした英国人が日本に漂着し、主人公に船の操縦や大砲の使い方を教えます。それだけだと『進んだ文明の白人が愚かな有色人種に教える』構図になりますが、そうではない。この英国人は最初戸惑い反発するが、次第に日本の侍の誇り高い生き方に感銘を受け、理解し敬意を払うプロセスが描かれています。一方的な関係ではなく相互理解。根本に他国の文化に対するリスペクトがある。歴史を題材にしたフィクションにとって重要だと思います。海外の歴史や文化を描くなら、基本的な部分を理解し敬意を払っていれば、今回のような問題は起きなかったでしょう」(聞き手 高橋寛次)。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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