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「人間をもっと分かりたい。書くことで、それまで見えなかったものが見えてくる。そんな満足感があるんです」。今年4月29日、老衰のため96歳で亡くなった直木賞作家の佐藤愛子さんは、幾度となくそう語っていた。書くことを「天職」と断言し、90歳を過ぎても小説やエッセーを精力的に発表し続けた。その生涯現役を貫く原動力は、どんな苦境も笑い飛ばす楽天性と、人間への深い愛情だったと言える。
作家としての道のりは決して平坦ではなかった。20代で同人誌「文芸首都」に参加し、北杜夫らと共に小説を書き始めたが、なかなか芽が出なかった。本人は「話の筋を作るのが苦手」と感じていたという。そんな彼女の背中を押したのは、他でもない「個性的すぎる家族」の存在だった。
父は少年小説で人気を博した佐藤紅緑。女優志望の母に夢中になり、前の家庭を壊してまで結婚した人物だ。童謡「おかあさん」で知られる詩人のサトウハチローをはじめ、4人の兄たちは皆、悪行三昧。手紙を送れば金の無心、無銭飲食も日常茶飯事。月末になると方々から請求書が届いた。そんな環境で自然と培われたのが、「悲惨なことさえも面白がって受け入れる楽天性」だった。身の回りの出来事を、乾いたユーモアと骨太な筆致ですくい上げた作品群は、ここから生まれた。
直木賞受賞作『戦いすんで日が暮れて』は、夫の借金を背負い込んだ自身の奮闘を基にした物語。そして、作家人生の集大成とも言えるのが、原稿用紙換算で3400枚にも及ぶ大作『血脈』だ。佐藤家一族三代にわたる「荒ぶる血」の系譜を丹念にたどり、特に兄ハチローについては、繊細で感傷的な感性と冷酷なエゴイストの顔が同居する複雑さを、温かみのある筆致で浮き彫りにした。
「人間を愛したいから、深く掘る」。そう語っていた佐藤さんは、生涯、書くことを通じて人と向き合い続けた。その背中は、多くの書き手にとって、なお大きな指標であり続けるだろう。