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旧ソ連で日本人強制抑留の実態を暴いた国家保安委員会(KGB)元大佐、アレクセイ・キリチェンコ氏(1936~2019年)は生前、産経新聞モスクワ支局の筆者のもとを訪れ、「インタビューしてほしい」と頼んだ。「ぜひ話しておきたいことがある」という。今からちょうど10年前の8月のことだった。
日本が終戦の日を迎える8月、ロシアでは「勝てば官軍」とばかりに身勝手な歴史観が拡散される。キリチェンコ氏は当時、ある日本専門家が書いた日ソ中立条約(1941年締結)に関する論文に憤っていた。
その専門家は、41年の日本軍人らの発言や松岡洋右外相の「北進論」を挙げ、「日本には中立条約を守る意思がなかった」と主張していた。キリチェンコ氏はこう反論した。
「戦争のことを考えるのは軍人の仕事だ。ソ連との戦争に反対する者が陸軍にも海軍にも存在していた。松岡は政府と見解が相いれず、41年7月に更迭されている。誰にどんな『計画』があったとしても、それに意味はない」
ソ連は45年8月9日、当時有効だった日ソ中立条約を破って対日参戦した。日本降伏後も満州や朝鮮半島、樺太で一方的侵攻を続け、終戦後には北方四島を不法占拠した。戦後、各地で日本将兵や一般邦人ら約60万人を強制抑留し、約5万5000人が命を落とした。