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日産とプリンス合併60年、村山工場跡地に136台の名車が集結――第5回プリンスの丘自動車ショウ

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Mika Nakamura
自動車 - 18 6月 2026

日産自動車とプリンス自動車工業の合併から60年を迎えた今年、東京都武蔵村山市のイオンモールむさし村山つむぐ広場で6月7日、「プリンスの丘 自動車ショウ」が開かれた。かつての「日産村山工場」の跡地には、当工場で生産された往年の名車136台が集まり、合併の歴史を振り返る場となった。

全日本ダットサン会東京本部の主催により開催されたこのイベント。この一帯はプリンス自動車の工場として1962年に操業が始まり、日産との合併後は2001年まで稼働していた、いわば“聖地”だ。ここで生まれたクルマたちを里帰りさせようと、全日本ダットサン会の企画の下、工場跡地の一部を所有するイオンモールと日産東京販売などの協力で初開催されたのが2022年。以来、毎年開かれるようになり認知度もアップし、今回で5回目の開催となった。

展示されるクルマは、こうした村山工場生産車を中心に、全日本ダットサン会とその協力クラブ会員などが保有するラインオフオリジナルに準じた動態保存車両。今回は合併60周年特別企画として『スカイライン』、『グロリア』、『ローレル』といった6台を最も目立つ場所に展示。昼前にはこの6台による工場跡地周辺のプチ記念パレードも行われた。

グロリア2ドアハードトップ2000GX(1971年)はその中の1台。この4代目から、合併によって『セドリック』の姉妹車となる。いわゆる“セド・グロ”時代の始まりである。タコメーターなどを備えたSU型ツインキャブレター仕様のGXは、初のスポーティーグレードだった。オーナーによれば「やはり当時の高級車。フワフワした乗り心地が良いです」。この日も長野県から高速道路を優雅に走って来たという。各地の旧車イベントにも参加しており、「最近は外人さんも多く『ナイスカー!』なんて言われることもあるんです」と笑った。

また、通称ハコスカの3代目スカイライン2000GT(1969年)は、合併後に初めて新規発売されたモデルで、プリンス製G7型エンジンに代わり日産製のL20型を搭載。この個体はホワイトリボンタイヤに純正のホイールキャップなど内外装ともにフルノーマルの美しいたたずまいを見せていた。オーナーは免許取得後すぐに7代目R31型を購入後、8代目32型GT-R~ハコスカGT-Rとスカイライン街道まっしぐら。現在のこのGTは入手して13年になるという。「すごく乗りやすいクルマです」と話していた。

午後は記念のトークショーが行われた。「日産×プリンス合併と姉妹車誕生」と題し、合併の経緯や合併前後のモデル、姉妹車などの話を、また「日産との合併を生で体験したモデラーが語る日産×プリンスと、新人デザイナーが見たスカイラインデザイン」と題し、日産自動車造形OBでつくる「荻窪の会」の3人が語り合った。プリンスと日産におけるスケッチの仕方の違いや、スカイラインのマイナーチェンジにおけるヘッドランプとリヤコンビランプの変遷、初めての樹脂バンパーとドアミラーのデザインなど、興味深い内容となった。

この日はアニバーサリーカーとして、発売50週年となる3代目『クリッパー』と、40周年の3代目『パルサー』、2代目『レパード』、30周年の初代『ステージア』を特別展示したほか、歴代のダットサンや『ブルーバード』、『フェアレディZ』、『シルビア』、『サニー』などが並び、途中で小雨があったものの会場は多くの来場者でにぎわった。

毎年このイベントを楽しみにして来ているという東京都小金井市の家族連れのお父さんは「親族が日産プリンス販売の関係者だったことから販促グッズなどを子供のころから持っていて、感慨深いです。ここでしか見れない希少なクルマがあるし、オーナーさんと直接話ができるのもいいですね」と話していた。また、小学1年生の男の子はローレルのオーナーから運転席に乗せてもらったり、内側から外側へ流れるように点灯するリヤのシーケンシャルウインカーを見せてもらったりして満足顔。「すごい! きれい!」と笑顔だった。

節目となった今回も大盛況。総合企画とプロデュースを担当した全日本ダットサン会の野村充央さんもほっと安堵した様子。「日産・プリンスの聖地に集まった多くの”日産ファン”の熱き思いに触れ、『こんなカワイイ車に会いたかった』という一般の方の声を耳にし、改めて今後も期待に応えられるよう続けて行かねばとの使命感に駆られました」と気を引き締めていた。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、Response.jpの記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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