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サッカーのワールドカップ(W杯)北中米3カ国大会で、森保一監督(57)率いる日本は、ブラジルに敗れ、決勝トーナメント1回戦で姿を消した。ただ、大会前に離脱が相次ぎ、初戦のオランダ戦では久保建英(レアル・ソシエダード)も負傷。本気の王国に大敗してもおかしくない状況で善戦した。そこには、選手の信頼を得る指揮官の卓越した掌握術に秘密がありそうだ。その原点を探った。
「日本はインテンシティが高く組織的。前半は苦しんだ」。試合後、W杯最多5度優勝の王国率いる名将アンチェロッティ監督はそう称した。日本は組織力を生かしたプレスや攻守の切り替えの速さで、前半にリードを奪った。森保監督が2期8年で浸透させた「いい守備からいい攻撃」を選手たちはいかんなく発揮。王国の圧倒的な個の力で逆転負けしたが、多くの選手が「もっと上に行けた」と悔しさをあらわにした。この戦いぶりこそ、指揮官と選手たちの強い結束が生んだものにほかならない。
長崎日大高卒業後、1987年に実業団のマツダSC(現広島)に入団。MFとして活躍し、日本代表でW杯初出場を逃した93年の「ドーハの悲劇」も経験した。
2003年に現役引退。翌年から広島のコーチや新潟ヘッドコーチなどを歴任した。
転機は12年の広島監督就任。後任選びの中、広島の久保允誉(まさたか)会長(エディオン会長)は、成績不振で退任するペトロビッチ監督(現名古屋)に相談した。「森保はいい。広島のサッカーにいいものを出してくれる」。背中を押されたという。