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戦後81年、新たに発掘された「燕」沈没の証言 轟音と逃げ場のない艦内、生存者が語った最期

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Yuki Tanaka
経済 - 24 6月 2026

昭和20年3月1日、沖縄戦の前夜。宮古島沖の洋上で、旧日本海軍の敷設艇「燕」が米軍機の急襲を受け、轟沈した。信号兵がラッパで退避を命じた直後、鼓膜を破るような爆音が艦内に響き渡った――。生還した上等海軍兵曹、松木村次郎さんの肉声が、戦後81年を経て明るみに出た。息子の順二さん(77)が昭和48年に自宅で録音したテープの内容が、今月、産経新聞に寄せられたのだ。

「傾くも何も、あのときは何も分からんじゃったな」。村次郎さんの証言は、沈みゆく艦内の混乱と恐怖を生々しく伝える。彼は魚雷や爆弾が直撃する瞬間をこう表現した。「そりゃあもう、一瞬じゃった。気がついたら海の上におった」。周囲には重油が漂い、助かったのはごく一部の乗組員だけだったという。

順二さんは取材に、父親が決して自ら戦争体験を語ろうとしなかったと振り返る。「おやじは酒を飲まさないと戦争の話は一切しない。酔っ払うと話す。だから、あのときも酒を飲ませて証言を取った」。テープには、酩酊した村次郎さんが次第に当時の記憶をたどりながら、言葉を紡ぐ様子が記録されている。

「燕」は全長約68メートルの小型艦で、主に機雷の敷設を任務としていた。村次郎さんは、小型艇ゆえに轟沈から生還できたと語る。「轟沈の場合は小さな船のがいいわけよ。大きい船が轟沈になった場合、巻き込まれるけんね」。彼の証言は、艦艇の規模と沈没時の生存確率に関する貴重な洞察も残している。

このテープ録音が残ったことで、沖縄戦の前線で失われた一つの艦と、そこに生きた兵士たちの最期の瞬間が、生の声とともに現代に蘇った。戦後81年、風化しつつある記憶の断片を、家族が丹念に守り続けてきた証でもある。松木村次郎さんは平成27年に亡くなったが、その声は今もなお、戦争の実相を静かに語りかけている。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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