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黒字下で1万人削減、パナソニックの「リアリズム」 幸之助との決別

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Aiko Yamamoto
経済 - 19 7月 2026

パナソニックホールディングス(HD)が黒字でありながら1万人規模の人員削減を発表した。楠見雄規社長は「人員は少し足りないくらいがちょうどいい」と述べ、労働生産性の向上を徹底する方針を示した。創業者の松下幸之助もかつて生産性向上に腐心したが、その手法は大きく異なる。この問題は23日の株主総会でも議論される見通しだ。

今年5月の記者会見で楠見社長は人員の「余剰感」についてこう語った。「人の数が仕事に対して少し余裕があるとなると生産性を高めるための創意工夫も起きない。人員が少し足りない中で生産性を上げる努力をして人が成長する」。

同社は2026年3月期に早期退職などで約1万人を削減する。グループ全体の従業員約21万人の5%弱に相当する。各事業会社や本体に人事・経理などの間接部門が重複し、固定費が膨らんでいたという。

同社によれば、長年、営業利益率が目標下限に達するとすぐに人を増やし、改善が止まる例が目立った。また、生産や販売、在庫計画に古いシステムを使い続け、労力の無駄が残っていた。担当者は「5~10年後にはベテラン社員の退職で従員は減るが、黒字の今こそ手を打ち、成長投資の力を残す必要があった」と説明する。

昭和4年の世界恐慌で経営危機に直面した際、幸之助は「1人も解雇してはならない」と指示した。製造部門を半日休ませ、販売担当が休み返上で在庫販売に奔走し、在庫を一掃した逸話が残る。この経験から同社には雇用を大切にする社風が定着した。過去にも赤字時に万人単位の削減はあったが、黒字下での削減は極めて異例で、社内外に衝撃を与えた。

労働生産性向上への挑戦としては、幸之助が松下電器産業時代の昭和40年に導入した「週休2日制」が語り草となっている。

きっかけは昭和26年の米国視察だ。幸之助は米国の高い生産性に衝撃を受け、海外メーカーとの国際競争に勝つためには高い生産性が必要との危機感を持ったとされる。

そのため幸之助は昭和35年の経営方針説明会で「5年先に週2日を休みにして、しかも収入がそのために少なくならないようにしたい」と宣言した。しかし当時は斬新すぎて労働組合も「そんなうまい話はない」と反対した。

それでも幸之助は「米国では週休2日でも日本の数倍の能率で仕事をするから繁栄している。週の5日は能率を上げて働き、休日2日のうち1日は疲れを癒やす休養、あと1日は教養を高める」と訴え、組合も前向きに取り組むようになった。

ところが昭和39年に不況で業績が悪化し、給与維持での導入が危ぶまれた。しかし幸之助は「うまくいかないときは松下がつぶれるときだ。日本の扉を開く気持ちでやる」と覚悟を示し、宣言通り完全週休2日制を導入した。

だが幸之助は成果に不満だった。導入初の休日となった昭和40年4月、幹部を集めて「米国流の週休2日制の目標を立てて取り組めば画期的な方途が発見できて成果を上げると期待したが、顕著な事例はない。誤りであったと言われないため引き続き相当の努力を要する」と訓示している。

楠見社長も令和5年に週休3、4日も選べる柔軟勤務制度を本格導入し、「働きたくなければ、そこそこの時間だけ働いてくれればいい――と手綱を緩める意図ではない」と強調した。リスキリングや介護離職防止により人的資源の最大化を目指したが、思ったように生産性向上につながらず、今回の黒字下での人員削減を選択した背景にあるとみられる。

1万人規模の人員削減について楠見社長は「30年にわたる停滞から脱却する第一歩となる。高い労働生産性を実現し、反転攻勢に出る」と意気込む。同社の営業利益は約40年前に5700億円の過去最高を記録して以来更新していないといい、長年の停滞感の払拭を狙う。

幸之助も楠見社長も労働生産性向上という同じ目標を掲げるが、手法は正反対だ。幸之助ならば従業員を減らさず、給与も減らさず、現有の能力を最大限に引き出し、イノベーションを生み出す道を選んだはずだ。

時代も規模も、従業員の気質も幸之助の時代とは全く異なることは承知しているが、今回の決断の効果は現時点では見通せない。現経営陣は今後の業績で成果を示していくしかない。(編集長 松岡達郎)

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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