大陸の知識導入し中央集権化進める、遺跡が紐解く古代国家成立 「飛鳥・藤原」世界遺産へ

1 minutes reading View : 3
アバター画像
Mika Nakamura
科学 - 06 6月 2026

国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関「イコモス」から6日に世界文化遺産の登録勧告を受けた「飛鳥・藤原の宮都」(奈良県)。中国・唐による朝鮮半島侵攻など激動する東アジア情勢の中、いかに強靱(きょうじん)な国造りを進めたかを物語る歴史遺産として高く評価された。課題だった市街地に位置する藤原宮跡(同県橿原市)の保護措置も一定の理解が得られた。さらなる保存・活用が望まれる。

大陸から最新技術や文化、政治システムを取り入れながら、天皇を頂点とする中央集権国家を築いたのが飛鳥時代。「天皇」「日本」の称号はこの時期に正式に用いられたとされ、「天皇」と書かれた木簡も出土した。

当時の東アジア情勢を見ると、唐の脅威が一気に高まっていた。660年に朝鮮半島の百済(くだら)が滅亡し、百済再興へ援軍を送った倭国は白村江(はくそんこう)の戦い(663年)で唐・新羅(しらぎ)連合軍に大敗した。

飛鳥の地に都を置いた天皇は、大陸に対峙(たいじ)できる強靱な国造りへ、脅威であるはずの唐から官僚機構などを導入し、中央集権国家建設を急いだ。その宮殿跡が発掘されたのが飛鳥宮跡だ。

さらに藤原宮跡では、現代の省庁に相当する建物が規則的に配され、飛鳥宮跡と比べて飛躍的に役所機能が整備されたことが分かり、古代国家誕生から成立までを遺跡から裏付けた。

今回の登録勧告では、地下に眠る遺跡が開発の波から守られてきた点も評価された。約1キロ四方に広がる藤原宮跡は、民家などが点在し保護措置が課題となる中、地元の橿原市は地権者の理解を得ながら史跡指定を全体の98%超まで進めた。ただし勧告では「早期の全域指定」を求めており、さらなる取り組みが急がれる。

保存のあり方として懸念されたのが、高松塚古墳(同県明日香村)とキトラ古墳(同村)。国宝壁画は修復のため専用施設に移され、壁画のない古墳が世界遺産にふさわしいかとの見方もあった。文化庁は、保存技術が確立すれば壁画を古墳に戻す方針を示しているが、めどは立っていない。勧告は、保存への取り組みに理解を示した上で「原位置復帰へ研究を継続すること」と注文をつけた。

世界から投げかけられた困難な課題にいかにこたえるか。7月の世界遺産委員会で正式に認められるよう、緊張感をもった取り組みが求められる。(編集委員 小畑三秋)

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
Share Copied