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「責任ある積極財政」によって経済再生を目指す高市早苗政権の前に「マーケット」が立ちはだかっている。マーケットを信奉するオールドメディアは高市財政が円安や金利高を招くと論難し、抵抗勢力を勢いづける。
だが、このマーケットの正体とは、つかみどころがない蜃気楼、言わば虚構である。
18世紀、英国の産業革命期に「国富論」を表わした古典経済学の祖、アダム・スミスは経済活動を自由市場であるマーケットに任せれば、需要と供給をバランスさせる「神の見えざる手」が働くと論じた。
銀行が信用創造という貸し出しによって実物経済の拡大を支えると同時に、預金、貸し出しという資金循環のプロセスをより大きくするというのが、古典経済学が説く世界だ。
しかし、金本位制の時代とは異なり、信用によってカネをいくらでも創出できるのが金融市場である。とりわけ、1971年8月に米国のニクソン大統領が基軸通貨ドルの金との交換を打ち切って以来、金融市場ではカネが実物資産の代表であるゴールドの足かせから解き放たれて、金融資産市場が爆発的に拡大する素地が生まれた。