
施設の自動ドアを抜け、外の通りを足早に歩く女性(40)の右手には2枚の100円玉が握られていた。緊張で地面が揺れて見えた。彼女は用事を装って抜け出し、公衆電話の電話口で声を絞り出した。「助けてください、助けてください」「あの場所にだけはもう、戻りたくない」と。助けを求めた先は、ひきこもりの家族らでつくるNPO法人だった。
女性には二つ年上の兄(42)がおり、兄妹は自宅にひきこもる状態が20年以上続いていた。2人とも中学に入ってまもなく不登校になり、母親は5年前に病気で他界していた。溶接工事の現場で働く父親が、一家の暮らしを支えていた。
2024年12月末、自宅の公営住宅に警察官が訪ねてきた。父親が近くの空き地で倒れ、病院で亡くなったと告げられた。82歳だった。ショックで言葉も出ない2人に、翌日と次の日、浜松市の福祉担当者が施設への入所を勧めた。
紹介されたのは、生活保護法に基づく救護施設で、心身の障害などで独力で生活が困難な人のための施設だった。2人は一時入所のつもりで向かったが、施設職員から現金や通帳を管理すると告げられた。理由も分からぬまま、公営住宅の退去手続きも進められた。
ひきこもり状態にある人は推計146万人。国は2025年春、自立や就労だけをゴールとせず、自分で生き方を決められる状態を目指す新たな支援指針を掲げた。行政の勧めで施設に入れられた兄妹の事例は、支援のあり方に一石を投じている。
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