
日本を代表するバリトン歌手として、国内外のオペラ界を長年牽引してきた木村俊光(きむら・としみつ)さんが17日、肺炎のため死去した。81歳だった。葬儀は近親者のみで執り行われ、喪主は妻の史子(ふみこ)さんが務めたという。世界を舞台に活躍した稀代の名歌手の訃報に、音楽界からはその死を惜しむ声が次々と上がっている。
札幌市に生まれた木村さんは、桐朋学園大学で研鑽を積んだ後に渡欧し、ウィーン国立音楽大学を首席で卒業するという輝かしい経歴を持つ。その後、ドイツのデュッセルドルフにあるライン歌劇場の専属歌手として抜擢され、欧州の主要な舞台で確固たる地位を築いた。彼の豊かな声量と深い表現力は、現地の聴衆や批評家からも極めて高く評価されていた。
日本国内での活躍も目覚ましく、1997年の新国立劇場開場記念公演では團伊玖磨作曲のオペラ「建・TAKERU」に出演し、歴史的な舞台を支えた。また、演奏活動の傍らで新国立劇場オペラ研修所の所長や桐朋学園大学の教授を歴任し、次代を担う若手歌手の育成に心血を注いだ。彼の指導を受けた多くの門下生たちが、現在も国内外の第一線で活躍を続けている。
木村さんの功績は公的にも高く評価されており、1996年には男性声楽家として初めて日本芸術院賞を受賞するという快挙を成し遂げた。2010年には紫綬褒章、2016年には旭日小綬章を受章するなど、日本の文化芸術の発展に寄与した功績は計り知れない。また、1990年から5年間にわたって朝日新聞のクラシックCD評の選者を務めるなど、多方面でその知見を披露した。
妥協を許さない芸術への情熱と、後進を温かく見守る人間性で知られた木村さんの急逝は、日本の音楽界にとって計り知れない損失だ。彼が遺した輝かしい録音の数々や、教え子たちへと継承された技術は、今後も日本のオペラ文化を支える礎となるだろう。長きにわたる活動を通じて聴衆に深い感動を与え続けてくれた巨星に対し、心からの敬意を表したい。
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